舞台美術プランとか劇場スタッフとか、

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2008年あたりは、割と色々書いてます。






























2008年4月25日

粘る。遊ぶ。

連続模型「再クラシカル」劇場入り三日目。本番初日。
昼間にゲネ(ゲネプロ / 本番通りのリハーサル)があって、夜本番1ステージ目の幕が開く。
昨日、一昨日、と照明作業を優先して塗り残していた箇所を、朝一番に塗る。
昼から舞台上を渡すまでに乾くように。
そして、本番に向けて色々な物、工具資材や塗料の片付けに入る。

すでに当初の美術プランで予定していた完成形プラス「出来たら」と話していた箇所・劇場に入ってから(特に照明の具合を見て)直したくなった箇所、も完成に達した。
しかし、今朝思い立ったことがあり、粘って作ってみることにする。

ゲネ中も、様子も見つつ、余っている資材で作業を続ける。



モニターに映るゲネの様子。




客席に建てた電柱の足下に、コレをつくってみた。
気づいてくれるお客さんがいたらいいなあ、と。
こういう「遊び」が、また楽しい。

阪本順治監督「ぼくんち」で執拗な数登場していたのを思い出して。
派手なものを建てるとかでなく、こういうことでも映画美術のワザとして世界をつくることが出来るのだなあと感心した。
なんていうことはない物でも、同じ物が圧倒的な量あることで、空間がつくられたり変容したりする。

映画全体としても、原作ものは何かと比較されて酷評されがちだが、熱烈な原作西原理恵子」ファンとして納得できるものだったと記憶している。
原作ファンとしても、これはこれでアリ。
そもそも、原作の完全な再現・映像化などはナンセンスなのだと思う。
映画は原作の味を残しつつ、しかし独特の世界・監督の作家性が出ていたのがよかった。
特に「オクラホマミキサー」の現実から浮遊した感覚のシーンは、演劇的フィクションでもあり、非常に映像的で、映画であることの意味が感じられた。

初日、無事幕は開き、初日打ち上げ。
始まったら、もう終わるだけ、というのも悲しいが、千秋楽後に向けての打合せもする。
明日は現場を離れるが、照明さんに残っている提灯をもっと客席に吊ってもらうのもお願いする。



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