舞台美術プランとか劇場スタッフとか、

かつては写真とかしてきた、松本謙一郎のサイト。


最近(2010年〜)はもっぱらツイッター( @thinkhand / ログ )で、ブログとしては更新してませんが。

2008年あたりは、割と色々書いてます。






























2008年5月30日

合板の弱点

朝一番に、以前舞台美術をやったユニットの俳優から電話。
短編映画の撮影に必要な小道具の依頼。
6/10までにほしいとのことで、時間の余裕はあったが、工房の使用状況や自分の予定を鑑みると、今日つくってしまうのがベストと判断して、急ぎそのための段取りをする。


午後から工房(六尺堂)にて作業を始める。
表彰台とプラカードが三つ。
装置としては小道具レベルで、たいへんなものではないが、たとえ一個二個でも仕上げまでひととおりの工程が必要だから、たくさんの舞台装置をつくる中でいっしょにつくるのに比べると効率は悪い。
乾き待ちなどもあって、ノンビリやりながら夜までかかる。
そして塗装の乾き待ちをしながら、カッティングシートの切り文字。

塗装が乾いたらコンパネ(合板)の表面が浮いて、はがれて、割れてきているところが発生。
裏返してやり直し。仕上げはしないまでも、裏も空洞にせず面構造にしといてよかった。

ベニヤとかコンパネなどの合板は悪いのにあたるとこういうこと「塗ってみたらはがれた!」が起きるので注意が必要だ。
今回のように白塗装だと、板の色(黄色っぽい)が浮いて出ることもある。
そして、舞台装置の仕上がり面が、合板に塗装、ということはけっこうある。

しかし、注意をするといってもよほど酷い品質の物を避ける以上なかなか完全に予測することも出来ない。
いちいちテストもしていられない。
想定内の出来事として、心がまえしておくくらいではある。
あとは、時間やコストと仕上がりの要求などの条件を満たせば、紙貼りや経師貼りにするのが無難かもしれない。

先日の、「佐藤佐吉演劇祭記者会見」の看板でも紙貼りなどしたし、白の経師紙の一巻きくらい何かの時のために常備しておいてもよいかもしれないと思った。
白塗装自体、ベニヤに一塗りではなかなかきれいにのらないし、白経師の下地の上からならペンキや絵の具もうまくのることがある。


2008年5月29日

歴史を知る意味

夜、工房(六尺堂)にて、インディーズ映画の打合せ。
工房に行く前に、関係しそうな本を書店で物色。

直接関係なかったり買わない本も含めて、書店で頭を働かせるのは、打合せによい作用があるように思う。
ネットで調べるだけでは今ひとつピンとくるものが見つかっていなかった「日本映画の歴史と現状」を俯瞰するような本を、いくつか探して買う。
映画全体を考えるにあたって、やはり客観的な現状分析や歴史を知ることが必要だと最近感じていたのだ。


演劇にしろ映画にしろ、単純によい物をつくろうという努力や、やりたいことを突きつめる自由な発想だけで、世間に通用する物がつくれるとは限らない。
圧倒的な力をもつ天才や、偶然(時代の恩恵や運)ということも稀にあることはあるだろう。
しかし、観る人がいるものだから、観てどう思うかという計算は必要だ。
観る人は意識するにしろ、無意識にしろこれまでの歴史や現状の上で、観て何かを感じる。
だから、つくろうとしているものの現状や歴史は知らなければならないと思う。

すでに多くの作品が世にあるのに、自分でもつくろうというのは、自分が本当に観たいものがまだないということに等しいと思う。観客でいるだけでは満足できないということだと思う。
それは、言いかえると今あるもの、今までのものを否定することかもしれない。
今までのものを否定して、今までになかったものや今まで以上のものをつくろうとするなら、まず今までのものを知ることが必要なのは自明だと思う。
だから、つくることに真摯になれば、知りたくなるものだと思う。

演劇に関しては、これまで関わってきた時間の中で、特に意識することなく興味の赴くままにそういった知識を得てきた。自覚なく自然にやってきていた。
映画に関わったことをきっかけに、急速に、それ故自覚的にこのことの必要を再認識した。


2008年5月25日

眠れない夜

午前中、工房(六尺堂)で月一の使用者ミーティング。
工房では、翌月の使用予定者が一同に集まって、使用予定や荷出し・荷下ろしの調整をしたり、目下実使用上発生している問題を話し合ったりするミーティングを毎月行っている。
6月の使用予定はまだはっきりしていないが、可能性はあるので一応参加。
工房運営の実務的なことも議題に出るし。

ミーティング後、王子に移動。

快快ジンジャーに乗って」@王子小劇場 千秋楽を観る。満席でギャラリーより。


長丁場になることを危惧されていたバラし(撤去・撤収作業)は、屈強な手伝いが何人も投入されて、スムーズに終わる。

翌朝、劇場開けから仕込み監督に入るので打上げには顔を出さず帰宅。
しかし、帰ってネットで色々、とかDVD観たりとかしてたら、まったく眠れなくなってしまった。
眠ると起きられないと判断。
これなら、打上げに参加していたらよかった。

【 快快「ジンジャーに乗って」】
例によって、かわひ_さんの「休むに似たり」にあらすじや解説がくわしい。
そして、他にも色々興味深い指摘のある感想がネット上に散見される。

http://cassette-conte.air-nifty.com/blog/2008/05/post_01e8.html

http://blog.goo.ne.jp/kmr-sato/e/af438d9d8477be13f3597b463409e0ae
http://assaito.blogzine.jp/assaito/2008/05/post_623b.html
http://homepage1.nifty.com/mneko/play/HA/20080518s.htm
http://nt1chk.blogspot.com/2008/05/blog-post.html

これだけ色々な感想を引き出しているというだけでも、作品の力が確実にあるのを感じる。
すぐれた舞台芸術は、多様な感想や感覚を引き出すもので、そこに意味があるとも思う。
また、この団体がよい観客層を幅広く(関係者も含め)持ちつつあることもわかる。「面白かった」とほめるファンでなく、新たな視点の感想を得ることは、表現を成長させる。
演劇活動を続けるならば、今後も伸びる団体であるだろう。
(彼らの興味・指向は、演劇にしばられてないので、今後の活動が常に演劇あるいは舞台芸術の範疇のものになるとは限らないと思える)

この作品の感想としてサミュエル・ベケットの「ゴドーを待ちながら」やチェルフィッチュを引き合いに出すのは、あまりにありふれているとは思うが、やはりそこを指摘しないわけにはいかないと思う。

繰り返す「永劫回帰」の日常と、その無意味(劇中冒頭では「無駄」をテーマにすると宣言している)の表現は「ゴドー〜」を横目に入れていると思う。演じることの不可能性から表現が出発していることも「ゴドー〜」冒頭の「Nothing to be done(「どうにもならん。」 / 「演じることはなにもない。」という意味もふくむという解釈もある)」を思わせる。
繰り返す二幕構成、今日が何曜日だったかもわからないという会話、ホームレス(「ゴドー〜」の主人公二人は浮浪者)、セグウェイから「降りる」と言いながら「降りない」(「ゴドー〜」の終幕は「行こう」と言いつつ、まったく動かないまま終わる。また自殺をほのめかせつつ、それは成就しない)など、他にもベケット的イメージに埋め尽くされている。
それは、自覚的にか無自覚的にかはわからないが。
多摩美術大学を出自として、恵まれた演劇や芸術の環境と人脈を持つ彼らなら、自覚的あるいは最低限教養的下地としてもっていたのではないかと思う。

ベケットとの類似性を指摘することで、この作品を低く評価する人もいるだろうが、それはあまり正しくないと思う。
むしろ、ここまで現代的に「ゴドー〜」を換骨奪胎した、名カバーとも言える作品はなかなか希有だろう。それだけで評価に値する。

「ゴドー〜」の演劇における意味とか、現在古典的価値を持っていることを考えると、「ゴドー〜」をそのまま再演することのみに意味があるとは思えない。
つねに時代に即した方法で提示していくことも、また古典への敬意だと思うし、「ゴドー〜」を再生するのには、ことさら時代性が重要だと思う。
斬新な方法で、同時代を的確に表現する可能性を見せたのが、初演当時の「ゴドー〜」だったのだと思うから。

快快「ジンジャーに乗って」の、自然体で舞台に立って観客とコミュニケーションし、セグウェイに乗るとか、劇場内に「うんてい」を組むとか、公演そのものを祝祭感をもって盛り上げ、観客を楽しませる数々のイベントを盛り込む彼らのエンターテイメント性は、こんなに形を変えているのに、場末の喜劇役者のように演じられたという初演の「ゴドー〜」に忠実でもある。

そして、オリジナルには忠実ながらも、アレンジのセンスが非常によい。
繰り返しの中に、チェルフィッチュを思わせる「不特定の演者が不特定の役を入れ替わる」あたり。
「人間はそれほど主体的に話さない」という日本の現代口語演劇のリアリティをおさえつつ、「個人」が入れ替え可能という現在の時代感覚を的確にとらえていると思う。
そしてその手法を、無限ループする会話で永劫回帰する日常の「無駄」を表現する、という明確な目的をもって使っている。
その点、「チェルフィッチュの真似であるだけ」ではないと思う。
本質をともなって自分のものにしていると思う。

そして、何より評価すべきは、これらのことを彼らがちょっと聞こえの悪い言い方をすると、多分「あまり考えこまずに」やってしまえている点だと思う。
彼らなりにはもちろん「考えこみ」悩んだ結果なのではあろうが、それは台本の上やキーボードを前に思考のタコツボにはまるような、世間一般の「考えこんで」いるのとは質が違うように思う。
体験的に、必然的に、この作品に辿り着いているように感じる。

同時代の空気を皮膚感覚みたいなものでつかみ、直感的に演劇史の文脈もおさえた最新の手法を(多分手探りで)見つけてしまう、圧倒的な運動神経がすばらしい。
関係者の言葉を借りて平たく言えば「計算とか力加減とかなくて、毎回真剣に力を出し切っている」結果だということだが、もちろんそれだけでない基本的な素養(教養とか新しい状況への嗅覚)あってのことだと思う。

小指値時代からの経歴を見ていて気づく。
彼のそういった表現に対する基礎体力は、本公演以外に番外公演やクラブイベントなどフットワークの軽い活動で踏む場数。そして各自がそれぞれなりの「作品」を持ち寄って、言葉だけでない多様なコミュニケーションによる集団創作で作品をつくっていること、によって鍛えられているのではないかと思う。

それだけの力を持っているだけに、彼らがつくり出す新しいものへは期待が大きい。
しかし、それだからこそ今回の作品には惜しい点もあった。
「安楽死」や「国会自爆テロ」というキーワードを出してみたところで、作品中で実行される気配もないそれは「ゴドー〜」で成就されない「自殺」に等しい。
彼らに期待するのは、永劫回帰する日常の無意味とか無駄という、ベケットが世に問うた「不条理」に対して、その先の答だ。

人に聞いたところ、井上ひさしの言葉では「作家は世界を描くことで、その作家なりの結論を出さなくてはならない」という。
「安楽死」か「国会自爆テロ」しか救われる道がない、という「結論」では、まだベケットより一歩も先に出ていないと思う。

バイタリティーのある彼らのことだから、永劫回帰する日常の先の「何か」を提示してほしいなあ、と思う。

2008年5月23日

コンタクトシート

夏に工房(六尺堂)で行われる(アゴラ夏の)ワークショップのチラシ用に、去年撮った記録写真からカットを選ぶ。

デジタルで撮るようになってしばらくたつが、PC上でカットを選ぶという作業にはまだ慣れない。
やはりプリントを並べて混ぜ返すことをしないと、感覚として選びきれない。
一枚を集中して見ることと、全体を俯瞰して見ること、多様な組み合わせで比較してみること、によって見えてくるものがある。
何事も、集中と俯瞰が大事だなあ、と思う。

舞台美術のプランでも同じ。
ベクターなどCAD(図面描画)ソフトで作業していると、細部に意識が依りがちだが、プリントアウトして俯瞰して見ることや、手書きの描線やアナログな感覚を同時に入れることも大事だとよく感じる。
図面を反対返して見たりして検討することもいいと聞いたことがある。
視点を変えて客観的に検討することは大事だ。
アンリ・カルティエ・ブレッソンは、よくコンタクトシートを反対返して構図がしっかりしたカットかどうか確認する、ということを後進を指導する時に行ったという。
デッサンがしっかりしてない漫画家のコミックを、海外出版する際左右反転すると酷いことになる、という話も読んだことがあるが、これも同様のことだろう。

iPHOTO(MacOS10付属のビューワーソフト)とか使えばややコンタクトシート(フィルムをそのまま密着してプリントしたもの。35mmフィルムだと36カット分すべてが小さいフィルムサイズのまま一枚にプリントされる。)に近い感覚で見られるのだが、これは1カット1カットを拡大して見るときに、中央部のピントが甘くなるので、ルーぺでネガチェックするほどには精度を見ることが出来ない。
なので、カラム表示(MacOS10のウィンドウ機能)のプレビュー画像でザっと見ながら、詳細の確認はフォトショップで開いて行ったりしている。
プレビュー画像だとホントに35mmフィルムの原寸、コンタクトシートと変わらない大きさなので細かいことはわからない。
しかし、最低限このくらいの大きさで見ても「よい」とわかるカットでないなら、あまりよいカットではないのだろう。構図がしっかりしていてパンチのあるカットは、小さくても訴求力がある。
モノクロフィルムを自家現像していた時のことを思い出すと、本当によいカットは現像上がったロールを干している段階ですでに違って見えていたものだ。
つまりは、デジタルになってもコンタクトシートでチェックするのとも、基本は変わらないということか。

2008年5月21日

スタミナ苑

スタミナ苑に行く。
知らなかったが、東京でトップレベルに旨いという焼き肉屋。
足立区鹿浜にある店で、他にある「スタミナ苑」という名前の店とは別。チェーンもないらしい。

店の外には行列。
一団がそろわないと入れないというルールで、全員がそろうのも含め1時間待ちで入店。


果たしてその味は、予想を超えて旨かった。

日本人は新鮮な魚を食することには、高い文化を持っている。
その多分にもれず、魚貝類で鮮度が違う旨さは実感・経験としてあったわけだが、肉で感じたのは初めてかもしれない。
ホルモン系などは、見たことがない色をしている。本当の臓器とは確かにこんなに生々しいのだ、と感じる。
他のものは、鮮やかに紅色で美しい。
レバーのみならず、生でもいけそうに見える。
実際、下味のみで軽く火を通し、レアなままで充分に旨い。
タレの漬け込みが旨い、なんていう焼肉には今まで誤摩化されてきていたのか、と思うほど。

一般的に、脂が少なく低級な肉ほど腹がいっぱいならないと聞いたが、ここの肉は脂っ気もほどよく、まだまだ味わいたいうちに満腹になって、ビールとライスを頼んだのを後悔した。
しかし、肉がご飯を進める旨さなのもまた事実なのがジレンマ。
並盛りに抑えてみたのだが、二杯いってしまった。

季節のものであるというオススメ「トウガンスープ」がまた、さっぱりとした味でシンプルに旨い。
とどめに、デザートの杏仁豆腐は、手作りの食感とボリュームで濃厚な味わい。
どちらも肉と同じに、素材の旨さが前に出ている感じがする。


しかし、この旨さの秘密、違いはどこから来るのだろうか?
上ミノの下味に塩コショウと、少々のナツメグでも入っているのではないだろうか?というのは食べていて気がついた。
口当たりにやわらかいのは、「細かく包丁が入っていて酒につけこんでもある」というのは、後でネットで調べて見つけた。下味の旨さが効いていたわけだ。

調べたところだと、肉の場合「鮮度」といってもシメてすぐがベストなのではなく、一定の日数とかあるらしい。冗談に話していた「店の裏でシメているんじゃないのか(というほど新鮮で旨い)」ということはないようだ。実際、そんなスペースも見当たらなかったし。
ただ、これほどシンプル・ストレートな料理で、これほど味の違いが出るのだ。
小細工ではなく、まさに鮮度が違うはず。
牛そのものの違いとか、鮮度の違いにおいて何か流通〜仕込みまでの過程で、何か普通と違う工夫があるに違いない。

入店してからでもオーダーは出来るが、並んでいるうちにオーダーをとる、というあたりにも何か秘密があるかもしれない。つまり、出す直前にかけるひと手間はきっちりかけているとか。

いずれにせよ、素朴な店構え・過度ではないサービス(しかし上着に匂いがつかぬよう、ビニール袋に入れてあずかる / こまめに鉄板を換える要求に対応してくれ、すぐに焼けるよう暖めてある、、、などなかなか細やか。しかし、必要以上に愛想よくしたりはしない)からして、、、
実は「当たり前」のことを、すごくちゃんと徹底しているだけなのではないかと思う。
ふだん食う、安い肉ではその「当たり前」のことが効率化でないがしろにされているだけなのではないか?と想像したが、どうだろう。
当たり前のことをちゃんとして、素材の良さで勝負する、ということは色々なすべての事に通じるのかもしれないと思った。


2008年5月20日

日本近代演劇史

トリガーラインの打ち上げに向かう途中で買った、平田オリザ著「演劇のことば(ことばのために)」を一気に読みすすめて読了。


演劇における「話し言葉」を焦点に、日本の近代演劇史がわかりやすくポイントを押さえて語られている。
そこには現在演劇を行っている者からの視点が加わっており、単に歴史を知るだけでなく現在演劇を行うのに生かせること、考えられることが多くあり興味深い。

現在演劇に関わる者、演劇に限らず演技・演出・脚本に関わる者にはオススメの一冊。
日本の近代演劇史を知らない人にも、入口としてオススメの一冊。
並の日本史や文学史の授業では、「築地小劇場」の本書で語られるような意味はまったく伝わらないだろう。
教えているほうにも、なかなか劇現場に関わる人間ほど切実な実感などないと思うし。

やはり何にしても、自分が行っていること、関わっていることの歴史は知っておいたほうがいい。
歴史から学べることは多い。
歴史から「しか」学べないことも多い。
天才でもない限り、個人の独創だけで出来ることの限界は割と近いところにあると思う。
歴史という先人の遺産から学ばない手はない。

歴史ということで思い出して、大塚英志著「物語消滅論」をパラパラと読み返す。
「演劇のことば」で言及される、夏目漱石と言文一致体の話は、「物語消滅論」で言及される近代文学の話と並べて考えてみるのも興味深い。
読みかけの村上隆著「芸術起業論」でも日本美術史における明治期以降の「歪み」が言及されているが、この三冊「演劇・文学・美術」ともに共通して歴史、特に明治期がなんであったのかを知ることは重要だと感じる。


「演劇のことば」の感想などあげているサイトがネット上に散見された。どれもそれぞれに興味深い。

http://tetsuka.cocolog-nifty.com/diary/2004/12/post_1.html

http://kasabuta65.blog54.fc2.com/?q=%B1%E9%B7%E0%A4%CE%A4%B3%A4%C8%A4%D0
http://d.hatena.ne.jp/rin-ichirou/20071104
これらの感想をあげたサイトの中で、、、

http://andro.exblog.jp/3556428/
演劇環境における、首都圏と他との地域格差はよく問題にされるところだが、最も大きなものはクオリティの高い公演・先端の表現に実際に触れる機会においてだろう。
これに関しては、他のジャンル、、例えば音楽や映画に比べて、実際の上演を生に観ないと本当のところが伝わらない演劇においての地域格差はより大きくなるということだ。

しかし、取り巻く環境の意識の差。
特に議論する機会とそのクオリティに関しては、あまり注目されていない側面かもしれない、と思った。
すべてにおいて集団性が関わり、言葉によってのコミュニケーションが必要とされる演劇では、たとえば音楽などに比べて、この議論の機会の差は大きいかもしれない。
ネットの普及によって挽回出来る側面も出て来たにせよ、やはり直接言葉を交わす密度とは比べものにならないことがあるのは、「舞台打合せ」で書いたことにもつながると思う。
グーグルに淘汰されない知的生産術」とはまた別の、淘汰されない生きた情報というものが、生の議論やコミュニケーションにはあるように思う。

東京のように演劇がさかんで人が多い都市では、身近に同じことに関わっている「意識の高い」人間が多くいることのメリットは大きいが、同時に「意識が低い」人間が集まってしまう危険もある。
「意識が低い」人間が集まってしまった場合の「負のスパイラル」みたいなものに関しては、また別の機会に書こうと思う。

2008年5月19日

舞台打合せ

打ち上げ明けて、一時帰宅。
昼に、舞台打合せのため王子小劇場へ。
王子小劇場では、劇場利用一週間前までに、舞台面の責任者(だいたいは舞台監督)・公演制作面の責任者(主催者か制作さん)そろっての舞台打合せをお願いしている。

劇場近くで、打合せに来た舞台監督さん・主宰さんと遭遇。
すでに知己の舞台監督さんでもあり、かなりシンプルな舞台ということもあって、劇場に入るまで道々の雑談で必要なことの半分近くは打ち合せられてしまった。

それくらい問題が何もない場合でも、ご足労いただいての打合せというのはしておくべき意味がある。
よほど身内にならない限り、電話などで打ち合わせるだけでは伝わらない機微、共有出来ない物事というのはある。また、顔をつき合わせて話さないと打ち合わせ漏れることも出がちだ。

身内であればあったで、また馴れ合いで抜けることが出てくる。
だから劇場スタッフが個人的に主催する公演であっても、契約と舞台打合せだけは必ず行うことにしている。
一見無意味な儀式に見えても必要である。ということは数年の劇場運営を通して実体験の結果得たことだ。

本当は公演中の「(小指値 改め)快快」の「ジンジャーに乗って」を観るのを楽しみにしていたのだが、知らないうちに今日中に処理しなくてはいけない仕事を用意されておりままならず。

2008年5月18日

青空

トリガーライン「青空」公演最終日「千秋楽」

今回は「一応」舞台監督も兼ねたので、毎日本番についていたのだが、ふだん舞台美術のみだと毎日いることはあまりない。
せっかく毎日いるなら、最後までグレードアップを図ったり、毎日の芝居の変化に合わせて工夫を重ねることが出来れば楽しいのだが。
せっかく下には工房(六尺堂)もあり、いくらでもつくり足せるはず。
しかし今回の装置にはそういう必要がなかった。
ちょっと位置がズレてるのを直してみたり、錆びた「枝、ヒゲ状の」結束線をいじってみるくらいに終わる。

しかし今回、舞監をやってしまったために美術家として悔やまれることが一つある。

それは、観客が入った状態で本番を観ることがまったくできたなかったということ。
やはり演劇は、観客がいてこそのものだし、舞台美術も観客が入って初めて完成すると思う。



ふだん本番を観るときは、開場中から本番まで客席の空気や反応もふくめて、自分が企てたことがどのくらい成功しているのか計りつつ、作品と一体に舞台美術の完成を見るのだが。
今回は、毎回変化する窓からの光景・空気・音も楽しみだっただけに、重ねて悔しい。
出来ることなら、毎回さらに違う位置から見たかったものだ。
ただ、こればかりは毎日照明オペ(オペレート・操作)していた、照明家の永さんにしてみたところで「同じ位置」からしか見ることが出来てない。

舞台美術プランを、主に空間構成や平面図を考える場合は、つねにすべての観客すべての位置から同じように見えないことは暗黙の常識として行っている。
可能なら客席をふくめた空間構成を変形させて、変形舞台、二面客席や四面客席を好んで積極的につくるのだが、この場合さらに顕著に「同じに観えない」状況になる。
自分が、そういう舞台美術を考える指向にあるのは、どうも「その時、その場所に行かないと観られない」ライブ性にたまらく魅力を感じているからだろう。また、それは演劇が他のメディアに対して長じている力でもあると思う。

終演後、バラし(撤収)作業は、シンプルな舞台なのであっという間に終わった。
工房への荷下ろしも、終演後1時間のうちには終わった。
照明機材の片づけがそこそこにかかり、そして車両への積込みが、仕込み初日には大して気にしていなかったのだが「こんなに積んで来てたっけ?」というほど満載で、それなりにかかった。

それでも、アトリエ内の掃除もしてまだ18時。アトリエでの打ち上げ開始予定の19時にも余裕が残った。しかも「本打ち上げ?二次会」の店は23時からだという。
どう時間をつぶしたらいいのかわからないくらい、飲めすぎる。
始発が動くまで打ち上げしたとして、12時間飲める。



そんなゆるい空気で、アトリエでの打ち上げがゆるく始まる。
最初に乾杯したぐらいで、皆はしゃいだ感じにもならず、ふつうにリラックスし切って「温泉のある民宿にやって来た旅先の合宿最終日」みたいなけだるい打ち上げとなった。
平台にブルーシートを敷いたテーブルに、ゴロゴロ車座でやる打ち上げはいつもの五反田団式だが、気合いの入った鍋とか料理がない分、五反田団より質素で脱力している。

22時にアトリエを撤収してなお、渋谷で23時には時間があった。
それぞれ思い思いに移動したり時間をつぶして、再集合と相成る。
時間をつぶす程度のつもりで立ち寄った、あおい書店ブックオフで意外にハマる。しかも五反田のブックオフは都内最大級らしい。
割と色々買って、12時半ごろ打ち上げに合流。

こっちの「本打ち上げ?二次会」はいつものパターンでカラオケ。こっちはいつもよりはじけて朝まで。作品の題名が「青空」だけに、もちろんザ・ブルーハーツの「青空」は必須。
ほか、昨夜の串音からの流れで80年代の曲が多めに選曲されたり。最近は、カラオケが網羅している曲も増えて古い曲やそれほど有名でない曲まで増えた。しかし、有名でない曲は歌ってもだれもわからないだろうし難しい。



2008年5月17日

串音 / 昭和

5/16
今回唯一16時入りの日だが、朝9時から連続模型の残材と某映画製作団体の廃棄物を、通称「夢の島」中央防波堤まで処理しに行く。

五反田に戻って、中華料理「大連」で昼食。
工房(六尺堂)の人はあまり通ってないようだが、アトリエの改装のときとかハイバイの人とはよく来る店。
一見寂れて見えるが、年季の入った小さい店を老夫婦が切り盛りしていて、昼時は近隣のビジネスマンで混んでいる。いい意味で「昭和」の空気が味わえる。
メニューによってはやや個性的な味付けなので、人によって好き嫌いがあると思うが、だいたい何を食ってもそこそこ美味い。

午後、先日のバラし(解体)作業の続きをして、流用する材木を流用先の車に積み込む。
角材系は一定(約60cm)以上の長さあればそのまま使える(と判断して)ので、結束だけして積み込む。
合板の不定形のもの、半端なサイズのものは、貫板の巾(約90mm)に割いて製材し再利用する。
実は「ゴミ」というのは名付け得ぬ物に対する呼称で、一定の規格に統一して整えてやれば、廃材も用途が見えて資材になる。



作業終わって、二階に上がるだけで劇場(アトリエ)入りというのが楽でよい。

夜、本番終演後、マグネシウムリボンの塚本さんを誘って五反田・有楽街の串音に行く。同世代には確実にウケる店なので、以前から誘っていたのだ。
ここも「昭和」を味わえる店。

5/17
翌日終演後も、トリガーのほうで特に飲み席がないということなので、演出の林田さんらを誘って「串音」に行く。
二日続けて行くこともないだろう、と思ったが明日は千秋楽・打上げ、となるのでこの日しか機会がなかった。林田さん他、トリガーにも同世代が多いので、公演中に連れて来たかったのだ。

飲むのも食うのも安く、串揚げも美味い。そして店内は80年代〜90年代頭のグッズで所狭しと飾られ、常に80年代〜90年代頭の音楽が大音量で響いている。落ち着いて話すことは出来ないが、30代をターゲットにして確実に盛り上がる店だ。
リクエストや客の反応で、選曲してかけてくれたりもする。
前日は、アイドル歌謡の時間になっていて、松田聖子の「Rock'n Rouge」が塚本さんにジャストミートしていた。
この日は、BOOWYとか長渕剛(90年前後の)とかの時間になった。
まさに「昭和」。

2008年5月15日

陽が沈むころに

トリガーライン「青空」本番二日目。
初日が開いて、ゆっくり出来るかと思いきや、ダブルキャストの分二日目も昼間にゲネ(本番通りの通しリハーサル)を行うため12時入り。
夕方入りになるならなったで、用事を入れる算段をしていたので、もとより休みではなかったが。

ゲネも終わって16時。舞台上集合の17時50分までは、ゆったりした時間が流れた。







夕方のアトリエには、いい光が入る。下の工房(六尺堂)にも。



今回、「青空」のチラシ用に撮影した写真も、「陽が沈むころに」実際劇中で開放するアトリエの窓で撮ったものだ。チラシでは、スミとシアンの2色分解にしてオリジナルより青く仕上げている。



終演後、アトリエの榎戸氏と近くの沖縄料理屋に飲みに行く。
なぜか泡盛より焼酎のほうが品数が多い印象で、主に焼酎を飲む。
料理は、沖縄らしい定番を一通り。

帰りの電車で、やや眠り、目を覚ます。



原宿駅は明治神宮が隣接していて、森がある。
草いきれが、むっとした。
陽が沈んでも地面が熱を孕んでいる季節になった。



2008年5月14日

屋上の空気

トリガーライン「青空」アトリエに入って三日目。

今回の装置をデザイン・製作するに当たっては、現代彫刻などから発想しつつ、具体的な「何か」を模するのではなく、普遍的な「屋上」のイメージや空気感を出すオブジェになることを意図した。






具体的な対象があるとしたら、屋上の縁として、柵・金網として見立てて、境界線として機能すること。
椅子として、ベンチとして、灰皿として機能することだった。
しかし、単体で置かれたオブジェだけでは、すぐに屋上の「縁」や「柵 / 金網」に見えないくらいの抽象性を持たせる。

椅子は(どんな物でも座れさえすれば椅子になり得るのだが)今回の装置では一斗缶としての主張のほうが強いと思う。「柵 / 金網」のほうは、ややリアルな素材に近いが、「縁」のほうはあまり近くない。
しかし舞台に立った「柵 / 金網」は、枯れた植物のようにも見えた。









装置を置き、照明が入り、何度か芝居を当たるのを見ているうちに思い出した。
屋上をイメージした時、枯れた鉢植えとかを並べてみることは、プラン初期段階で考えてはいた。
すっかり忘れてはいても、帰って来るものなんだねえ、と照明の永さんと話す。

多分、忘れてそれでも辿り着くくらいのほうが、表現としては強いのだと思う。
多様なイメージが「思考 / 試行」を重ね、凝縮されて重なったほうが、豊かだと思う。







昼のゲネでは、ラスト窓を開けるシーンでマチネ公演のためのリハーサルが出来た。
言うまでもなく、昨日の夜バージョンとは空気感も光も圧倒的に異なる。
キャストも一部ダブルキャストだが、この終幕における空気感の違いはさらに大きく作品の印象を変える。
夜か昼かの違いだけで、台詞やアクションはほぼ変わらないが、違うストーリーに仕上がってると言えるかもしれない。
窓から見える光景も、座る席によって微妙に変わる。
天気や音も各回によって変わるだろう。

終幕に舞台奥を開放したり、空気や音、風景から事件まで現実を取り込むのは、日本では60年代以降の野外劇・実験演劇などが得意とする演出手法としてポピュラーだと思う。
演出の林田さんは「小ちゃいニナガワ」と言った。
しかし冷静に考えると、ギリシャ時代の円形劇場から、半野外だったというシェイクスピア時代、日本では自然光も照明にしていた能・歌舞伎など、演劇史の大半はそういったコントロールし得ない要素も演出の一部として相手してきたはず。
設備が整った劇場で、人工照明や音響機材が発達した現在の状況のほうが、かつてない特殊な状況だと言える。



「カーテンコール」と終演の「暗転」をどうするかは、当初から演出判断を迫られる部分であったが、実際の場所と光で試した結果でも、もともとのプランどおりシンプルにいくことで落ち着いた。

余裕をもって、無事初日も開き、五反田の「土間土間」にて初日乾杯。


作品記録 / 青空

Trigger Line「青空」 2007/5/14〜18 @アトリエヘリコプター



この画像で見ると、意図したわけではないが
アンドリュー・ワイエス絵画のような質感になった
屋上の日差しと風、乾いた空気感を目指したからかもしれない


作・北川竜二 演出・林田一高 照明・松本永(光円錐)




今回の舞台美術プランは
現代彫刻家・若林奮(作品 12 )の影響がかなりある


2008年5月13日

ダラダラ行こう

5/12
トリガーライン「青空」仕込み初日。
照明車両はキャラバン満載。しかし搬入はものの30分もかからない。
装置に至っては、工房から手運び。
オブジェが数点と、個人工具のみ。
位置を決めて、置くだけで、舞台装置・美術の作業は昼前に終了。


照明機材が片付くのを見計らって、客席を設置するが、これもアトリエのデフォルトなのでまったく滞りなく進む。釘を打つのも最小限以上必要ない。
アトリエの窓・明かり漏れの施工と、照明の吊り込みが予想以上に時間を食うが、 それでもタイムテーブルどおりにはあがる。
夜には、場当たり(シーンや転換の「変化」がある部分のみを区切ってのリハーサル)を行うが、これもほとんど止め通しに近い。最後までやって、退館。


5/13

午前中に照明の直しとか。
役者のほうでは、小道具の段取りとかが少しあるよう。
ラジカセが届く。SONY製でかなりいい味。理想のサイズ、デザインだ。
今も現役で出演者の祖父が毎日ラジオを聞くのに使われているという。カセットもちゃんと動くし、音も問題なかった。
オープンリールのテープの名残で、寝かせて使う仕様のボタン構造。かなり初期のものと思われる。
これは、値段がつくところ行けば、けっこういい値段がつくはずなので大事にすべき代物だと思う。

午後から、止めずに通し。演出=主演は代役。まだ、舞台上を観つつ相談して明かりを決めていく。

夜、本役で「ゲネ=ゲネ・プロ」(すべてを本番通りに行うリハーサル)

窓を開けて夜景・夜の空気が入ってくるのが今回の醍醐味。
やってみて、狙い通りの感触はつかむ。


それでも明日昼、まだ一回「ゲネ」を出来るという余裕。
実際の空間で、全体を通して色々試し、演技・演出の微妙な調整を重ねるだけの余裕がある。
照明もギリギリまで調整が出来るので、ギリギリまで粘る様子。

聞く話だと、演劇がタイトなタイムスケジュールの中、ものすごい勢いで仕込んで、余裕もなく本番を迎え、終わるということでは、世界でも日本が希有らしい。
欧米だと、常に今回のような時間の流れ方で演劇をつくっているのかなあ、と思う。
日本でも、五反田団は、まあそうだが。
あと、知る限りでは菅間馬鈴薯堂あひるなんちゃら、もそうか。
菅間さんもあひるも、仕込み中に座組全員そろって劇場を一時間空にして昼飯を食いに行ったりする。
演劇を知らない人にはピンと来ないかもしれないが、日本で普通の演劇の仕込みはもっと殺気立っている。それぞれのペースで一息入れたりはするが。

矢井田瞳「MTV UNPLUGGED」
のメイキングに「ダラダラ行こう」という話があったが、そういう感じで演劇をやり続けられたらなあ、と最近思っている。

気負いなく、自然体。知識が増えると物が増えるが、知恵が増えるとシンプルになる、ということでありたい。

ちなみに「MTV UNPLUGGED」とつながるライブツアーをまとめた「Sound drop ~MTV Unplugged + Acoustic live 2005~」のDVD映像における「手と涙」(「MTV UNPLUGGED」でなく「Acoustic live 2005 オトノシズク」の方)は今までのライブ映像でもベストだと思う。
「MTV UNPLUGGED」の、メイキングにも窺われる舞台装置・カメラワークなど緻密に計算された映像もさることながら、「オトノシズク」のほうのは、パフォーマンスとステージの空気感が最高。



2008年5月11日

ラジカセ

午前中、巡想遊戯者プロジェクトのミーティング。
映画における、ストーリーボードの重要性を再認識する。

午後、トリガーの稽古場へ。最終打合せ。
の前に、高円寺の「ラジカセ」専門店「TURBO SONIC」に立ち寄る。

美術家の責任領域がどこまでか?舞台監督の責任領域がどこまでか?あるいは演出助手の。


それは現場によって異なると思うが、専門職の小道具がいない現場において、小道具というものは各々の緩衝地帯になると思う。
今回のトリガーにおいては、「一応の」舞台監督も兼ねているので、小道具の問題はダブルで自分の範疇になる。自分の場合は、あくまで演出部の経験やスキルはないに等しいので、今回に限らずこういうケースでは、小道具や稽古場のことは極力演出家・役者サイドに任せることにしている。

しかし、今回開場中とカーテンコール後、舞台上で音楽を鳴らすことになるラジカセの候補を昨日写メで見せられて「これはないだろう」と反対していた。
立場としては、美術家として。
理想としては、ラジカセよりトランジスタラジオというイメージに近い、70年代〜80年代の代物がいい。
今回の公演では、劇中の生ギター・歌、を除いては、開場中・終演後、このラジカセから流れる音楽以外に音響効果はないに等しい。
そして、開場中の30分、終演後の数十分、舞台上に居続ける、一部の出演者以上に舞台上に居るモノだ。
予算はない、と聞いたが
「ここは踏ん張りどころで、絶対手を抜いてはいけない」
と昨日電話で説得して、再度出演者の親類縁者まで伝手をあたってイメージに合うものを探すことになったのだが、最悪の最悪のため、(自費購入あるいは事後交渉、覚悟で)都内でビンテージ物のラジカセを手に入れられる店を検索し、「TURBO SONIC」に立ち寄ったのだ。
他にも、デザインアンダーグラウンドという店が戸越銀座にあるのを見つけたが、立ち寄ることが出来なかった。

しかし、高円寺という街は、こういったやや趣味に傾いた店が意外にあるロックな街だ。
いい感じに年季が入った雑居ビルの上階にある店に入ると、狭い店内に圧倒的な存在感でラジカセが並んでいた。
探していたのは、出来るだけ小さな物で、店内を占めていたのは大型の物。
値段も微妙に手が届かない感じだったが、一つ間違ったら買ってしまいそうな魅力があった。
一昔前の工業デザインの秀逸さを感じる。
専門店が成り立つ市場であるのも頷ける。

予定より遅れて稽古場に合流するも、通し稽古の開始には間に合う。
通し中、手短かに打ち合わせる。
昨夜のうちにごく簡単なタイムテーブルを、テキストの箇条書きで演出、制作、照明、さんに送っておいた。
普通、舞監さんは、もっとグラフィカルで丁寧なタイムテーブルをつくるものなので「明日までに清書します」と言うが、皆「いらない」と言う。
今回はすべてラフな感じでいきたいと思っていたので、相応だ。
気心が知れているから、なのだが。
ラジカセも、出演者の田舎でいい感じに小型でビンテージな物が見つかったということで、一安心。

通し後、王子小劇場へ。
負味を観劇し、バラし立ち会い。
誇大広告すれば「シベリア少女鉄道の再来」と言えようか。
なぜか男性俳優陣が、若い劇団なのに関わらず、渋く老けて味があるのがおかしい。
評価は観る人の嗜好によって二分されると思うが、このジャンルへの果敢な挑戦は応援したい。



2008年5月10日

パート2に名作はあるか

5/9 
午前中、豊洲のビバホームへ買い出しに寄って、五反田の工房(六尺堂)へ。
ついつい余計な物まで物色して、昼過ぎとなる。
二日ぶりの工房。トリガーラインの作業日。
二日寝かせただけで、一斗缶の錆がずいぶんいい感じに進んでいる。
しかし、木工作業が意外に進まず、予想外に明日へ持ち越し。


5/10
トリガーの作業最終日。
並行して、連続模型の廃材バラし作業をする。
昨日に引き続き、思わぬところで苦戦。
しかし、夕方には片づけて、巡想遊戯者のミーティングをする。
帰り道、「パート2のほうがいい映画ってなかなかない」という話になる。
スター・ウォーズのごとく、もともと何部作という発想の物は別として。
そもそも、流行ったから「2」を作ろう、という姿勢がよくないのかもしれない。
確かに咄嗟には思いつかない。
「2」とはつかないが、
インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」は「失われたアーク」より面白かったのではないか?と指摘に上った。
ロマンシングストーン ナイルの宝石」も一作目に遜色なく、面白かったと思うが。
邦画であまりにマイナーではあるが
キスより簡単 2」は脇を固める原田芳雄などオジさん達の顔ぶれがあまりに素敵だった記憶がある。

実は、一作目の段階ですでに構想はあったらしいので、範疇ではないかもしれないが、
ビフォア・サンライズ 恋人までの距離」も
続編の「ビフォア・サンセット」で圧倒的に熟成されて完成度が上がっているように思う。



2008年5月8日

劇団の顔

王子小劇場にて負味の仕込みの立ち会い。
主な仕事は、劇場付帯サービス、困った時のケアと、禁止事項の注意。
まあ、注意とかはあまりやりたくない。

仕込みの日は、特に用事を入れてなければ、舞台が落ち着くまで、勤務時間が過ぎても居るようにしている。
トリガーの稽古のほうは、他のスタッフの動きもなく、トラブルもないようなので、行かずに終日劇場にいることにする。

まだまだ若いカンパニーながら、舞監さんがしっかりしていて、制作さんの人当たりがいいので、好印象。
劇団によっては、軽視されたり、なかなかいい人材に恵まれなかったりするが。
劇場運営する側からはこの2ポジションがしっかりしていると、非常に安心してつき合える。

2008年5月7日

記者会見

昨夜は劇場で作業しようと思い、終電で王子に着いたものの、熟睡。
早朝5時ごろ目覚めて、看板の切り文字作業を始める。
時間的には仮眠の域。
しばらくしたところで、劇場スタッフで本日のドライバー、黒澤さんがやってくる。

7時にレンタカーを借りて、8時に工房。
9時〜10時にシアタートラムスズナリに寄って、チラシを届け、12時には王子に戻る。

みたいなタイムテーブルを、やや遅れたスタートと、「胡錦濤来日の交通規制で混雑」という情報の割にはタイムテーブルに近い感じで回る。

劇場に着いて、佐藤佐吉演劇祭前夜祭・記者会見の準備。


金屏風の仕上げと、看板切り文字の作業があるので、けっこう時間はギリギリ。
会場設営とかは、他のスタッフに任せて、まずは金屏風の塗装と仕上げ。

イベントカラーの金を2本やや薄めて使い切り、約700mm×2100mm×6枚になる屏風がざっくり塗り上がる。
ベッタリ塗っていたら、倍はかかる感じがした。
金とか銀とかを、きれいに仕上げるのは割と難しい。
どうしても塗りムラが出やすい。
発注の時間さえあれば経師紙で仕上げるのが楽だったろうし、作業時間の余裕があったら工房でエアガンで吹くのも試したかったところだが。
最後の仕上げに、ラッカースプレ−の金をかけて調整する。
刷毛ムラを消した上に、スプレ−の微妙なムラが金屏風っぽさを増す。

金屏風が片づいたら、次にカッティングシートの切り文字作業。
これもそれなりに手間な作業。
演劇の装置製作では、そう頻繁にある作業ではない。
むしろこういう看板は、展示会やパーティーのようなイベント、ちょっとしたファッションショーみたいので御馴染みだ。
しかし、そういう現場に大道具で入っても、仕上がったものしか目にしない。
冷静に考えたら、まず間違いなく業者が専用の機械で製作しているに違いない。
手作業だなんてアナログなことはないだろう。
しかし、小劇場とか演劇の現場では業者発注している予算的余裕はないから、自分で手作業出来て損はない。



看板吊ったり、作業の片付けしたりで開場ギリギリ。
知らないうちに、本番中の照明オペ(操作)をやることになっており、開場中に段取りを聞く。
と言っても、そんなに凝った照明の変化があるわけではない。



今回の記者会見イベントは、いつもの王子小劇場の催しに比べてややフォーマル。
多少、笑いを交えた進行ではあるが、基本真面目な記者会見のような構成で進む。
各団体の紹介・挨拶の後は、参加団体を半分に分けてのトークの時間もあり。
短時間ながら割と突っ込んだ話も出来たと思う。
詳しくは、かわひ_さんの「休むに似たり」にて、レポートされています。丁寧に動画もYou tube に上げてもらってます。


会見後の、懇親会もいつもより立食パーティーっぽかった。



翌日劇場入り団体の、前日搬入があったので、けっこうな勢いで終宴。
すでに王子は勝手知ったる「柿喰う客」の人々の手伝いもあったおかげで、怒濤の片付けも終了。



2008年5月6日

100均ローソン / 文化祭前夜

先日、連続模型の仕込みも手伝ってもらった知り合いの仕込み応援要員で、中野・劇場MOMOへ仕込みに行く。
物量はそれなりで普通だが、3900mm×1500mmなど大物のパネル類の搬入が一仕事。
しかし、12.0×5.0(尺)は入る、ということ。
12.0×6.0(尺)だと、やや厳しいか?
大道具とか舞台の世界では、装置製作にあたってmmを使っていても、ざっくりとした大きさを考えるとき話すときは尺寸(1尺=約303mm / 6尺=1間)を使うことが多い。
木材・資材や備品にも、尺寸が基になっている物が多く、日本人の身体寸法を基につくられた寸法体系であるので何かと便利だ。
畳一枚がだいたい3.0×6.0(尺)。通称「サブロク」。舞台の基本備品である平台、ベニヤやコンパネなどの合板もだいたいこの寸法。
自分の身体感覚からつかみやすい大きさである。


搬入後、図面が配られ打合せ。
なかなか丁寧な図面で、美術家の人柄がうかがえる。
模型も用意されている。


初対面の美術家だが、美術プランに感じられる理性と色彩センス・大胆な空間構成、そして風貌や物腰が、かつての仲間内で今は演劇をやめてしまった或る美術家を彷彿とさせる。
彼はその後、内装関係を仕事にしたと聞くが、どうしているだろうか?そういえば、かつてこの劇場に初めて仕込みに来たのは、その彼の現場だった。そして、その時の劇団も今は解散して、ない。

シンプルだが色々と工夫が盛り込まれた装置で、本番も観てみたいと思った。
バラし要員にも声をかけられていたし、この美術家と飲んで話すチャンスは持ちたかったが、あいにく都合がつきそうになくて残念。
屏風の作業が残っているので、仕込みも16時までであがらさせてもらった。

MOMOのすぐ側には、去年だったか一昨年だったか、自然志向でややイイ物をそろえている「ナチュラル・ローソン」が建ったのだが、今回来てみたら「100均ローソン」に変わっていた。



建った当初「(ナチュラル・ローソンが)なじめない」という役者の声も聞いた。小劇場=貧乏くさい、というステロタイプなイメージはどうかと思うが、劇場の近くに100均はありがたいし、正しい経営判断だなあ、と思う。



夕方から、工房(六尺堂)で屏風作業の続き。
昨日の作業で、ちゃんと機能する確証は得たが、なかなか時間のかかる作業で焦る。
しっかり乾かして貼り重ねることが重要で、焦っても仕方ないのだが。

工房はほかに二団体ほど割と大規模・大人数な作業をしているのと、風琴工房のけっこうな物量の積み込みが重なって、空気が慌ただしかった。
よく言えば、活気がある。



どちらの団体も公演が近く、作業は追い込みのよう。
作業は夜まで続いて、皆テンションが高い。
こういう文化祭前日的狂騒感のある空気は好きだ。
最近は、工房のメンバーも相応に年をとったし、五反田の街中「近隣への配慮」「徹夜作業が禁止」などがあるので、かつてほどこういうノリは多くない。
かつて青年団の相模大野倉庫で作業していたころは、よくこういう空気があった。
思い出して、懐かしくもある。

終電で、王子小劇場へ。
移動中のBGMはFLEETWOOD MACの「Say You Will
40年も20代の初期衝動からきっとそんなに遠くないところで続けているのだろう、と思える音には憧れる。

夜のうちに、看板の切り文字の作業をするつもりだったが熟睡。



2008年5月5日

屏風

工房・六尺堂にて、王子小劇場・2008佐藤佐吉演劇祭前夜祭(記者会見)のために、金屏風と看板をつくる。
もちろん真面目な意味もあるが、小劇場演劇で「記者会見」とかしたら大袈裟でバカバカしいな、ということでこうなった。
前回の演劇祭前夜祭の時は、参加団体の交流がメインで、一日で短い即興劇をつくるなどして、それはそれでで面白かったが、今回は趣向を変えて。

記者会見といったら、やはり「金屏風」だろうということになったのだが。


今回に限らず、新年会や落語会もたまにあるので、劇場で一つくらい持っていてもいいものではある。
しかし、念のため調べてみたが、借りても買ってもけっこうする。
それじゃあ、作ってしまおう、というわけだ。
作業日は一日しかないし、安くて早いのがよいのだが、備品にしたいから適当なものでもいけない。
結果、折り曲げ部分が金物の丁番とかでは嫌だなと思い、調べてみたらやはり本物は紙でつながっているようなので、そういう作りでチャレンジしてみた。

しかし、これがただの紙貼りや経師貼り程度でなく大変だった。
基礎の枠は本物よりちょっとズルをして、ベニヤのパネルで。
そこまではいいとして、折り曲げ部分を貼っていくのが大変。乾くまで次の工程に入れないし、強度が出るまでに貼り重ねないといけない。
とても一日の作業では終わらなかった。

急遽明日も夕方から作業出来るように段取りする。

夜、アトリエの榎戸さんと飲む。
榎戸さんは見た目に違わず、日本舞踊の資格も持っているほどで和物には詳しい人なので、屏風の顛末を話すと「構造はだいたい知ってるけど、そこまでしますか・・・」と呆れられた。
実際、大道具やってて経師は貼れるとはいえ素人が、一人で作るモンじゃないなと。
やってみて思ったが。

C-C-Bの再結成とか、バービーボーイズの一夜限りの再結成の話に始まり、実はBACK-TICKが今もオリジナルメンバーのままで勢力的に活動している話とかで盛り上がり、予定外に飲んでしまう。
そして実は、目下世界で一番長くオリジナルメンバーのままで活動しているバンドはおそらくTHE ALFEEなのであった。
榎戸さんと飲んで、懐かし目の音楽の話で盛り上がるのは、ややもすると飲み過ぎるので危険だ。
そして、こうして盛り上がると、すぐにネットでなんでも調べられてしまうというのも、また危険だ。



2008年5月4日

錆びる

工房・六尺堂にて、トリガーラインの舞台美術・装置製作。
この前の連続模型使った一斗缶を素材にして、再利用、加工する。

塗装をすべて剥いで、全体を錆びさせる。
さらの一斗缶は、亜鉛メッキですぐには錆びないが、連続模型の作業中にいくらか実験して勘所はつかんだ。


日程的には、王子小劇場の演劇祭前夜祭のための作業も並行・優先して行いたいところだが、錆させるためには一日でも長く置いておく時間が効いてくるのがわかったので、とにかく錆化の準備作業を先行させた。



塗装を落とすためにグラインダーにワイヤーブラシカップをつけて、ゴリゴリ削る。
ついでに、亜鉛メッキも落とす勢いで、鉄の表面をザラザラと傷つける。
傷ついて表面積が増えると、錆化が促進されるようだ。

塗装を落としてザラザラになった一斗缶を、さらにガスバーナーで焼く。
熱湯を注いだシンクのように、一斗缶がベコンベコン鳴って表面も色が変わる。
そのくらい焼きが入ったところで、ジュっといわせて、水につける。
焼きを入れて、急速に冷やすと、鉄は酸化が進むらしい。
酸化と錆化は厳密には違うのだが、目下扱っているものでは酸化を進めるのと錆化を進めるのは近いようだ。
実際、実験段階でも焼きが入ったところから錆び始めるということはあった。

そんなことをしているところに、久しぶりタテヨコ企画の横田さんが工房にやって来た。
横田さんは、元・青年団アゴラ劇場〜突貫屋の人で、舞台美術家でもあったが、今は作・演出に専念している。
実は(詳しくは他にも紆余曲折あるのだが)一方的に自分にとっては「飲み席で横田さんと出会っていなかったらきっと今ごろ舞台美術とかしていなかったかもしれない」縁の人だ。

「また横田さんに変なことしてるところ見られてしまいましたねー」
と言ってみる。
まあ、変なことばかりやってるのだが。
横田さんに専門の液剤とか使わないのか?と聞かれた。
実際、ハンズなどで錆っぽく処理する液剤は売っているし、もっと専門的な処理剤もあるようだ。
しかし、舞台装置で使うほどの量になると、高くてちょっと手が出ない。
錆び方も、ちょっと目指しているものとは違う。

工房の杉山さんには、サンポールとか塩酸系の洗剤を勧められたが、今回実験してみたところでは、全体にきれいに酸化が進む(黒錆化しているようにも見える)ものの、「いかにも錆」という赤錆化は進まなかった。
なので、一通り焼きまでいったものを、一度塩酸系の洗剤に浸してよく乾かし、最終的には塩素系の洗剤をベースにした液に漬け込んだ。

塩素系の洗剤は、前回はカビハイターを使ったが、今回はスーパーで安かったのでカビキラーをベースにしてみた。多分効果はあまり変わらないはず。
塩素系の洗剤のみだと、液量としても足りないし、塩素が強すぎて扱いにくい。
界面活性剤が入ったネバネバ感も強すぎるので、水で薄めて、たっぷり塩を溶かす。

さらに、錆た物どうしまとめておくと、より錆が進むようなことが経験則的に感じられたので、前回の作業で残していた「錆色になった塩水」と、すでにさびさびになった物をいっしょに漬け込んだ。
ちょっとした漬けダレのよう。

そして、漬けつつ、たまにバーナーで炙っては、再度漬けることを繰り返した。
錆化は、乾く際に起きるようなので。
ずっと水に浸かったままの部分というのは意外に錆が進まない。
適度に乾かし、ジトっと濡れた状態を繰り返してやるのがよいようだ。



ここまで進んだら、あとは時間をかけるだけ。勝手に進行してくれる。
焦ってもしょうがない。明日は、前夜祭の用意をする。



2008年5月2日

死体洗い

午後から王子小劇場でミーティング。
間近に迫った、演劇祭前夜祭(記者会見)についての打合せがメイン。
12月あたりの劇場利用希望団体の話も急速に展開して、いつもながら議題はもりだくさんに夕方まで。

夜、本日初日のタカハ劇団「プール」を観劇

死体洗い」のバイトが行われている場所が舞台。
主人公たちは、どこか「死」に対して麻痺していて、そのことに悩んだりもしている。
その言葉に、舞台上で起こるひどいことに対して麻痺している自分を感じる。
空間の使い方ともども、乞局の作品「廻罠(わたみ)」を観た時のことを思い出したのだ。
「廻罠(わたみ)」は、自分にとっては笑えるところすらたくさんある作品だったのだが、登場人物に感情移入したり、いろいろ不快感を感じたりする観客が意外に多かったようで。

こういった都市伝説的で、なかなか本当に知っている人はいないものの、だれもが何となくリアルなイメージを持っているものを題材に選ぶあたりは、絶妙。
MONOの作品に言われる「実際にはないかもしれないが、あってもいいように見える」設定(ex.「初恋」/ 同性愛者が集うアパート、「約三十の嘘」/ 騙し合いながらいっしょに仕事する詐欺師の集団)にも通じるように思う。

場所がリアルに見えるのは、いかにもいそうな存在感の役者、装置や小道具も含めた演出面はもちろん、何よりその台本に負うところが大きい。登場人物や台詞のディテールがしっかりしているのだと思う。
初日打上げで作・演出の高羽さんと話して、台本執筆にあたっての調査がやはり効いているのだと感じた。

宅配便(死体の運搬も副業にする)の人を演じた井出豊さんの腕が筋肉質で、風貌も併せて非常に「らしく」てよかった。役者の肉体の説得力は大きい。
役者は自分の体を武器とも道具とも考えて、鍛えたり不摂生したり、太ったりやせたりすべきなのだろうなあ、と思う。

打上げには、旧知の役者さん(身長という肉体を武器にする「ワダ・タワー」氏とか)もばったりいたりして、気がついたら終電をなくす。