間近に迫った、演劇祭前夜祭(記者会見)についての打合せがメイン。
12月あたりの劇場利用希望団体の話も急速に展開して、いつもながら議題はもりだくさんに夕方まで。
夜、本日初日のタカハ劇団「プール」を観劇
「死体洗い」のバイトが行われている場所が舞台。
主人公たちは、どこか「死」に対して麻痺していて、そのことに悩んだりもしている。
その言葉に、舞台上で起こるひどいことに対して麻痺している自分を感じる。
空間の使い方ともども、乞局の作品「廻罠(わたみ)」を観た時のことを思い出したのだ。
「廻罠(わたみ)」は、自分にとっては笑えるところすらたくさんある作品だったのだが、登場人物に感情移入したり、いろいろ不快感を感じたりする観客が意外に多かったようで。
こういった都市伝説的で、なかなか本当に知っている人はいないものの、だれもが何となくリアルなイメージを持っているものを題材に選ぶあたりは、絶妙。
MONOの作品に言われる「実際にはないかもしれないが、あってもいいように見える」設定(ex.「初恋」/ 同性愛者が集うアパート、「約三十の嘘」/ 騙し合いながらいっしょに仕事する詐欺師の集団)にも通じるように思う。
場所がリアルに見えるのは、いかにもいそうな存在感の役者、装置や小道具も含めた演出面はもちろん、何よりその台本に負うところが大きい。登場人物や台詞のディテールがしっかりしているのだと思う。
初日打上げで作・演出の高羽さんと話して、台本執筆にあたっての調査がやはり効いているのだと感じた。
宅配便(死体の運搬も副業にする)の人を演じた井出豊さんの腕が筋肉質で、風貌も併せて非常に「らしく」てよかった。役者の肉体の説得力は大きい。
役者は自分の体を武器とも道具とも考えて、鍛えたり不摂生したり、太ったりやせたりすべきなのだろうなあ、と思う。
打上げには、旧知の役者さん(身長という肉体を武器にする「ワダ・タワー」氏とか)もばったりいたりして、気がついたら終電をなくす。