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2008年あたりは、割と色々書いてます。






























2008年5月18日

青空

トリガーライン「青空」公演最終日「千秋楽」

今回は「一応」舞台監督も兼ねたので、毎日本番についていたのだが、ふだん舞台美術のみだと毎日いることはあまりない。
せっかく毎日いるなら、最後までグレードアップを図ったり、毎日の芝居の変化に合わせて工夫を重ねることが出来れば楽しいのだが。
せっかく下には工房(六尺堂)もあり、いくらでもつくり足せるはず。
しかし今回の装置にはそういう必要がなかった。
ちょっと位置がズレてるのを直してみたり、錆びた「枝、ヒゲ状の」結束線をいじってみるくらいに終わる。

しかし今回、舞監をやってしまったために美術家として悔やまれることが一つある。

それは、観客が入った状態で本番を観ることがまったくできたなかったということ。
やはり演劇は、観客がいてこそのものだし、舞台美術も観客が入って初めて完成すると思う。



ふだん本番を観るときは、開場中から本番まで客席の空気や反応もふくめて、自分が企てたことがどのくらい成功しているのか計りつつ、作品と一体に舞台美術の完成を見るのだが。
今回は、毎回変化する窓からの光景・空気・音も楽しみだっただけに、重ねて悔しい。
出来ることなら、毎回さらに違う位置から見たかったものだ。
ただ、こればかりは毎日照明オペ(オペレート・操作)していた、照明家の永さんにしてみたところで「同じ位置」からしか見ることが出来てない。

舞台美術プランを、主に空間構成や平面図を考える場合は、つねにすべての観客すべての位置から同じように見えないことは暗黙の常識として行っている。
可能なら客席をふくめた空間構成を変形させて、変形舞台、二面客席や四面客席を好んで積極的につくるのだが、この場合さらに顕著に「同じに観えない」状況になる。
自分が、そういう舞台美術を考える指向にあるのは、どうも「その時、その場所に行かないと観られない」ライブ性にたまらく魅力を感じているからだろう。また、それは演劇が他のメディアに対して長じている力でもあると思う。

終演後、バラし(撤収)作業は、シンプルな舞台なのであっという間に終わった。
工房への荷下ろしも、終演後1時間のうちには終わった。
照明機材の片づけがそこそこにかかり、そして車両への積込みが、仕込み初日には大して気にしていなかったのだが「こんなに積んで来てたっけ?」というほど満載で、それなりにかかった。

それでも、アトリエ内の掃除もしてまだ18時。アトリエでの打ち上げ開始予定の19時にも余裕が残った。しかも「本打ち上げ?二次会」の店は23時からだという。
どう時間をつぶしたらいいのかわからないくらい、飲めすぎる。
始発が動くまで打ち上げしたとして、12時間飲める。



そんなゆるい空気で、アトリエでの打ち上げがゆるく始まる。
最初に乾杯したぐらいで、皆はしゃいだ感じにもならず、ふつうにリラックスし切って「温泉のある民宿にやって来た旅先の合宿最終日」みたいなけだるい打ち上げとなった。
平台にブルーシートを敷いたテーブルに、ゴロゴロ車座でやる打ち上げはいつもの五反田団式だが、気合いの入った鍋とか料理がない分、五反田団より質素で脱力している。

22時にアトリエを撤収してなお、渋谷で23時には時間があった。
それぞれ思い思いに移動したり時間をつぶして、再集合と相成る。
時間をつぶす程度のつもりで立ち寄った、あおい書店ブックオフで意外にハマる。しかも五反田のブックオフは都内最大級らしい。
割と色々買って、12時半ごろ打ち上げに合流。

こっちの「本打ち上げ?二次会」はいつものパターンでカラオケ。こっちはいつもよりはじけて朝まで。作品の題名が「青空」だけに、もちろんザ・ブルーハーツの「青空」は必須。
ほか、昨夜の串音からの流れで80年代の曲が多めに選曲されたり。最近は、カラオケが網羅している曲も増えて古い曲やそれほど有名でない曲まで増えた。しかし、有名でない曲は歌ってもだれもわからないだろうし難しい。



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