舞台美術プランとか劇場スタッフとか、

かつては写真とかしてきた、松本謙一郎のサイト。


最近(2010年〜)はもっぱらツイッター( @thinkhand / ログ )で、ブログとしては更新してませんが。

2008年あたりは、割と色々書いてます。






























2008年7月20日

はてなの茶碗 笑いの構造

特選!! 米朝 落語全集 第五集 はてなの茶碗 / 足上り」を買う

目下上演中である連続模型「モテイトウ」オムニバス作品のうちの一本「膨張。〜もう一歩前へお進み下さい〜」の落ちが「はてなの茶碗」とよく似た構造だという話を、作演出のタクシセイコさんにしたところだったので、聞き返したくなったのだ。

話の内容は、以下のサイトに詳しい。
http://www.geocities.co.jp/Hollywood/6684/hatena.html
「落ち」の構造としては、「笑い」の基本パターンの一つ。
物語構造として王道の一つで、他にも類似するプロットは多くあると思うのだが、それを劇構造の一つとして的確に説明する言葉・用語を知らない。
自分の引き出しの中では、こういう構造のものは実例として「はてなの茶碗」をすぐに連想する。

また、故林(広志)さんが「人間は距離感で感動するし、笑う」と教えてくれたのを思い出す。
たとえば、モンティ・パイソンの「哲学者サッカー」や、ジョン・ベルーシサムライ・デリカテッセン」は、
「哲学者」が「サッカー」をする、
「サムライ」 が「デリカテッセン」店員、
といったそぐわないものの「距離」が状況のおかしさをつくっている。

ドラマのラストで時間軸が一気に飛んだり、回想したりするのも、時間の「距離感」で感動を呼ぶワザ。
「はてなの茶碗」の「落ち」は、感動(泣き・笑いも感動のひとつとは言えるが)ではなく「笑い」で、これに近い距離感の使い方をしている。

むかし親族代表の公演でやった「元気になった浅野君」を見た知り合いが
「笑いのこと少しわかった気がします。積み上げておいた階段を最後に外す、ってことですね」
と指摘したのだが、これも同様のことだと思う。
これは特に、段階的にエスカレートしていった「笑い」が最後大きな距離感で飛ぶ点も、構造上「はてなの茶碗」と近い。

0 件のコメント: