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2008年6月8日

有頂天ホテル、とか

家のテレビが壊れてしばらく、テレビを見ていなかった。
なくてもそんなに不自由ではなく、困るわけでもない。
もっぱら、テレビを見るよりも、パソコンで映画とかライブDVDを見ることが増えた。

帰郷して久しぶりにテレビを見る。

二夜続けて、「THE 有頂天ホテル」と「地下鉄(メトロ)に乗って」という、すでに観ている映画をもう一度観る巡り合わせになった。
「有頂天ホテル」にいたっては、2回どころか4回とか5回観ているかもしれない。
ラストにYOUが歌うところに限って言えば、20回は観ていると思う。あの歌唱はいい。
素直にサントラ盤探して買えばいいのだが、シーンにしてもよいのだ。盛り上がりが。
「地下鉄(メトロ)に乗って」のほうは、原作を読んであらためての2回目になる。

そして、途中にCMが入るのを、こんなに煩わしく思ったのは初めてだった。

「有頂天ホテル」に関しては、シーンのつながりやテンポまで、いつの間にか覚えるほど見ていたようだ。
そのまどろっこしさと言ったらなかった。
しかもノーカット(だいたい切ることの出来る箇所がほとんどない。すべてが密接につながっているので)だったので元々長めの作品が、さらに全体の尺が伸びて、作品を守っているのにも関わらず間延びしているように感じてしまった。

どういうわけか、自分がつくった作品であるかのようにハラハラした気分で、家族の反応を見る。
CM前に入る先のストーリーダイジェストがうざくて仕方がない。

そんな間延びした映画を見ている、60を超える自分の母や祖母には、あの緻密に組み上げられ完璧なテンポと思われる「有頂天ホテル」ですら、ちょっと展開が早すぎたらしい。
難しいものだ。
「地下鉄に乗って」にいたっては、一部ストーリーを理解していなかったかもしれない。
原作から重要な描写を削っていることが、登場人物の行動をわかりにくくさせている。
割と年配者でも泣ける方向性の映画のはずなのだが。

「有頂天ホテル」の完成度の高さとか、プロットの緻密さに関しては一度ちゃんと検証して論評してみたいところ。
そういえば自分の身の回りでは、「みんなのいえ」の評価があまり高くないのだが、「デザイナーと大工、という物をつくる人間どうしの理解、に作家の考え方が色濃く現れている」というような論評を読んで、なんとなくあの映画に対して感じていた感覚の正体を言い当てられた気がして面白かった。
そして「マジックアワー」も観なくては。
「有頂天ホテル」に引き続き、種田陽平氏の映画美術にも興味をそそられる。
作品はもちろん、思考を積極的に発言し、美術家という職業の地位向上、業界の間口を広げることに貢献している姿勢もすばらしいと思う。

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