・チラシ・ポスター写真の撮影と東京公演のゲネで舞台写真撮影、など。
(アイホールには行ってない)
役者一人一人撮ったのを、宣伝美術さんが合成しているのだけど、まだデジタルの時代じゃないので、明らかに手作業で切り貼りしてるし文字も写植だった。
チラシの裏面も今改めて見ると、時代が感じられて色々と味わい深い。
流山児★事務所 のチラシ・ポスターはいくつか撮影しているけど、これが最初だった。
1997/12/26〜28
・舞台写真撮影。千穐楽の本番前にラストから逆回しに返し稽古しつつ撮って「??」の状態だったのが、「大オチ」見てるのに本番観て謎が解ける不思議なことになった。
バラシも手伝ったので、アイホールの素の空間を初めて知る。
カメラマンなのにカメラバックから腰道具出してバラシ手伝ってたので、舞台監督の鈴木田さんに不思議なリアクションをされた。
確か打ち上げは京橋で、打ち上げ上がりの朝方に江口(恵美)さんがグランシャトーの歌をフルコーラスで唄って踊っていたのは、たぶんこのとき。
・舞台写真撮影。しかし、なんだかアイホールだったという記憶が希薄。
この後、
流山児★事務所 でこの作品を上演したいと頼まれて、土田さんとの仲介をした。
ところどころ改行が崩れたデータでメールが届いたのだが、MONOの作品には「えっ?」「おい」みたいな短い言葉が多く、それだけだったり相手の名前が続いたりするので修正する判断に苦労した。
MONOの作品の中でもトップクラスに好きな作品だけど、その後MONOおよび他の団体による再演をいくつも観たり関わったりすることになった。
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・舞台写真撮影(東京公演)。ゲネ終わり、鈴木田さんに
「若い美術家の将来かかってますんで、ちょっとご協力ください」
と頼まれて舞台美術記録のカットを撮る。
・舞台写真撮影(東京公演)
2002/11/29〜12/1
AI・HALL提携公演
・舞台写真撮影(東京公演)。自分が関わってる作品だし震災の話だし、ということで神戸の両親をアイホールに招待した。以前、
羊団「Jericho」(エリコ) に呼んだら、ちょっと難解すぎてヘビーだったが、これなら
桃園会 の中では割と軽めだからよいかなと思ったら。ちょっと演技が芝居くさいという感想(父)をいただいた。なかなか難しい。そういう場面もあったけど、あれは意図的なものだしなー。
江口さんがメガネを外しながら一つの台詞のかで過去から現在にフェードチェンジしていく演技が印象的だった。
舞台美術にある「ピンポイント八百屋」という手法には影響受けて、その後しばしばパクらさせてもらっている。役者曰く「すごい筋肉痛になるけど、立ち姿が美しくなる」らしい。舞台美術が俳優の身体をコントロールするということを、このとき実感した。
・東京公演の製作段階で、劇中スライド(フィルム!)の製作(撮影)
画素数の低い画像データを舞台上で投影出来るようにするために、PCのディスプレイに出してポジフィルムで複写するいう方法をとった(
高山広 さんの公演でいつもそうしていると聞いていたので)。
オリジナル(創案)のひとたちがやって来たら「俺たちも同じ方法でやった」と応えたとか。(なら、最初から教えてやれよ。燐光群のひとたち困ってたぞ)
(アイホールには行ってない)
・舞台写真撮影(東京公演)まだ舞台美術プランをやりはじめたころだったからか、どういう打ち合わせをしてるのかという話を
深津 さんに聞いたのはこのときだったはず。
深津さんは基本的に美術家に「お任せ」で、出てくるものに「もっとこうして」とかはほぼないとのことだった。ともゆきさんだからこその全幅の信頼か。それでドンピシャだったりクオリティーの高いものつくれるっていうのは「誰でも」じゃないだろうから、ある意味あまり参考にはならなかった。
この作品においては、波板吊るすアイデアと床の布に穴が開いてるのとの2案出てきたのを「両方で」とオーダーしたと聞いた。
観に来た
松本雄吉 さんに「こんな汚い舞台美術ないでー!(褒め言葉)」(ラストに向かって、ドアポストからの郵便物がどんどん散らかっていく)と言われたという話をよく覚えている。
・舞台写真撮影(東京公演)
池田ともゆき さんの舞台美術は
桃園会 で数々目にして、非常に影響を受けているのだけど、この作品の超シンプルな可動する黒い壁面の影響は特に大きく、シンプルで抽象的な傾向に向かっている自分を確認して、さらに拍車かかる感じになったと思う。
2010/11/5〜7
AI・HALL提携公演
・東京で
緒方晋 さんと知り合っていて観に行った。緒方さんは神様(と自称する役)だった。A級MissingLinkには後に
王子小劇場 で公演してもらうことになる。
ちょうど、ツイッターでやや知り合いになっていた
小暮宣雄さんがトークゲストの回 だった。舞台美術に関わる「テキスト / タイル〜テキスタイル」の話を印象深く覚えている。
・歳は同じだけど学生のときは一つ後輩で、舞台スタッフとしては先輩である舞台美術の西田聖くんに
佐藤佐吉賞 の賞状を渡した。その舞台美術(
壁の花団 )も同業として悔し羨ましいものだったけど、この作品の舞台美術もアイホールの空間をダイナミックに使う悔し羨ましいものだった。
役者や観客の顔が死人のように見えた場面があって、照明が気になったので、どうなっているのか
葛西(健一) さんに聞いたら、笑顔で「企業秘密です」と言われた。(意図がハマって嬉しかったんだと思う)
・
ロロ 「LOVE02」の京都公演で帰省がてら関西にいたから、当時スタッフだった
王子小劇場にツアーで来る 前にアイホールで観た。この作品は先に台本も読みつつ、林さんが前宣伝で色々と雑学な小ネタを広げて来るのを拾いつつ
広報支援 してた上、後年の再演も含め多くの回数上演観たので、深く刷り込まれる作品になった。
VIDEO
極東退屈道場#005「タイムズ」紹介動画
2014/2/6〜10
・【B】(大熊ねこ・森川万里)キャスト。観劇してバラシ手伝った。
自分が東京から関西に移って(戻って)すぐだったので、
深津 さんにも桃園会の皆さんにも、その挨拶回りみたいな感じになってた。
2014/2/28〜3/2
・仕込み増員ていうか、押しかけ手伝い(引っ越し挨拶がてら)。実はアイホールの仕込みは、初(バラシに参戦したことはあったが)だった。
2014/3/8〜9
・確か終演後の乾杯みたいな席で、当時アイホールスタッフだった木原さんを紹介していただいた。ものの、もはや
東京の劇場 の人でもないし、このときはまだブラブラしていた(大道具も舞台美術もしていない!)ので、「自分、何者?」て感じだった。
しかし、後に
無名劇団 に紹介していただくことになる。顔はつないでおくものだ。
2014/3/21〜23
2014/5/9〜12
・仕込みバラシ増員。
hige さんがいるので当然のようにバラシの搬出で雨が降った。噂に聞いてはいたが、食らったのはこのときが初。
本若名物「アスレチックみたいな舞台美術」「八つ墓村(状態)」というワードを知る。
2014/5/30〜6/1
・「おなかごしのリリ」のみ観劇。
若旦那 さんが人間じゃないものや異星人や死人の役
とか多いのは有名だと思うが、自分にとってはこのときの「唯一、実は死んでる人」の役が初だったはず。
2014/6/7〜8
・観劇後、座組みのひとびとと「
すし楽 」に(初めて)行った。
2014/7/4〜6
2014/7/11〜14
・終演後トークに
深津篤史 さんが出る回を観劇。言葉を交わすことはなかったが、深津さんの姿を見た最後の機会になった。今にして思えば、それがアイホールだったというのは運命的なものを感じる。
・バラシ増員
2014/9/26〜28
2014/10/3〜5
2014/10/23〜26
2015/1/16〜19
2015/2/18〜22
2015/2/28〜3/1
2015/3/13〜15
・仕込みバラシ増員
2015/4/24〜26
2015/8/6〜9
2015/10/2〜4
2015/11/13〜16
2016/2/6〜7
2016/2/26〜28
2016/8/6〜7
2016/9/2〜4
・実は、この時はじめて観たのだけど、ラストはこの空間で観ること出来て良かった。
狭い劇場で見る驚きもあると思うが、広さ・高さによる突き抜け感がアイホールの空間ならでは。
・観に行ってバラシ手伝った。
・ちょうど、翌週に向けて確認に現調行きたいなー、とスタッフが知り合い(だったら相談、お願いしてお邪魔させてもらう)かどうか調べてたところに、仕込み増員うかがいの連絡が入った。観劇は予定合わなくてかなわず。
2017/6/10〜11
・舞台美術プランとして初アイホール。
搬入車両はバン(キャラバン)1台だったけど、備品の平台箱馬すべて使い切り!
あとから見返すと自分で引いた図面なのに、理解するのに10分以上かかる複雑な台組みだった。
そして装置の番号札(暗号)に数種類の相番(位置番頭と出す順番の番号)と、意味のわからない数字だらけで色んなひとにごめんなさい。
暗号は「暗号」だから、その意味はあって、解読表があるのだけど、秘密にしないと暗号にならないから劇中で通信(暗号)兵役だった堀内充治さんにしか見せていない。
アイホールの仕込みでネックになることの一つにタッパが高く、照明シュート(フォーカス、灯り合わせ)のために
ジニー (高所作業台)を走らせる必要があって、床の昇降をどのタイミングで出来るか?ということがある。
この時の舞台美術プランは、全体を+400に上げた上でそこ(±0)から−600(劇場0レベルから−200)下げた箇をつくったり、台組みをしたりするものなので、床を昇降しないと舞台美術仕込み作業がまったく進まない。
そこで、吊り込みの段階で仮シュートするのと、台組みに絡むところを先にジニーシュートしてから少しずつパズルのようにジニーを逃がしていく、というような作戦をとった。
アイホールの正方形に対して45°回転させた正方形の台組みに2面客席という変形なので、照明プランをした檜木さんが一瞬「居場所を見失う」という場面も発生した。「正面性を排したかった」と、設計者の
歌一洋 さんから後にうかがうことになるのだが、この時のプランでなんとなくそのことは感じることにはなっていた。
無名劇団 さん、初のアイホールを下見したところ「これは誰かに頼まなければ無理だ!」となったらしく、そこで当時のアイホール担当スタッフ・木原さんが自分の名前を挙げてくれたらしい(なぜか)。しかし、木原さんも自分の連絡先知らなかったので、オファーの連絡は団体からツイッターDMで来た。木原さんがなぜ自分を挙げてくれたのか聞いてみようと思いつつ、機会なくそのままである。
ずっとつき合うのは疲れるけど、たまに遊ぶと面白いオジサンなのかもしれない。 なので、ちょっと勝負どころとか何かに初チャレンジな公演の団体さんとか、お気軽にどうぞ。
2017/12/15〜17
2018/1/26〜29
・仕込みバラシ増員
2018/6/9〜10
・仕込み増員
2020/1/17〜19
・演出というべきか舞台美術というべきか、その両方「そうきたか!」と初演関係者(チラシ写真・舞台写真)として楽しかった。
映画 であの歳であの役出来てる
原田知世 バケモノだなと思ったけど、
紙本明子 さんもかなりバケモノだと思った。
トークゲストだった
内田淳子 さんと
金替康博 さんが、あまりに当時のことを忘れてるのが面白かった。
2020/1/25〜27
2020/7/10〜13
・仕込み増員。加えて若者数人手配。それぞれ、舞台監督や大道具続けている。
2021/5/21〜23【中止】
・仕込み増員。増員というか、
hige さんと直接相談したいことあったから押しかけたんだったと思う。まだまだコロナで暇だったし。
同様、買ったばかりの
ボッシュ10.8V丸ノコ も見せびらかしたくて持って来てたら、切穴のクリアランスを現場でカットする事案が発生して役に立った。照明シュート作業盗みつつだったけど、、、
どちらも「
文化庁のん 」で買いました。ちゃんと使ってるし活動継続してるから正しいはず。
・燐光群の制作だった古元さんに頼まれて、照明増員手配した。手配(紹介)しただけで仕込みには行ってないが、観劇はした。
いかにトラスを早く飛ばせる状況に出来るか?照明さんの作業を見て(普段は並行して自分らも作業してるから、じっくり観察はしていない)工夫出来るところのヒントを得るために。
せっかくなので、装置の建て込みも少し手伝った。
そして、このとき(あくまで見学だからブラブラしていた)アイホールの3Fが元々はギャラリーとして設計されていることに気がついたので「
試作と努力、舞台美術 」の企画を思いつくに至る。
・仕込み増員。2021年に中止になった公演のリベンジで同じ舞台美術・装置でもあったから、様子わかってるということで今度は普通に発注されての増員。
2022/6/4〜5・6/11〜12
なんなら選考会議終わりの
三田村啓示 さんも店に立ち寄っている。選考結果を知るのは公式に発表されてからだが、奇縁。「
break a leg 」のことよりも、たくさんの過去チラシ・公演の話題でものすごく盛り上がった記憶がある。
どういうわけか
努力クラブ からの連絡がすごく遅かった。
レギュラーでやってる団体とはいえ、今回「も」お願いされるのか、今回「は」(特に舞台美術は立てたり立てなかったりしがちだし)なしなのか、声かかってなんぼ。
こちらから聞きにくかったりもする。
皆さん(世の中のたくさんの劇団・公演主催者)連絡はお早めに!
(あと、レギュラーの外注スタッフいる場合は、それぞれの都合聞いてから公演日程検討しましょう!)
色々「決まってない」とか「台本が出来てない(構想も定まらない)」とか気にすることありません。自分の場合だと、最低限どこの劇場ということさえあればゼロではなく舞台美術プランはスタート出来たりします。早めにわかっていれば(安くで)用意出来る物や可能になることが発生したりもします。
というわけで、2団体共同作戦の立ち上げは遅いスタートでなかなかバタバタとしたのだが「
試作と努力、舞台美術 」という展示企画+ファイナルということで、過去「
break a leg 」チラシとサインパネルの設置・ステッカー製作、「幟(のぼり)」やターポリン看板の設置
、などを決行することになる。
舞台美術が両方自分なので、2団体分まとめて搬入しまとめて搬出するという「お互い様」協力で車両費を抑える、というのが発想の原点で、2団体の間に空いてる1日のうち1日と半日を自分が毎年やってる
舞台美術WS をするために(個人的に)借りて、残り半日を後半の
プロトテアトル が前乗り稽古利用で借りる、ということで「2週間居っ放し」を企んだ。
「2週間、装置が置いておけるんなら、2週間展示出来るんじゃないか?」
と、思いついたこと「どう思います?」と、
hige さんに相談したら「全部やったらええんちゃいます?」て言われた。
2団体の作・演出の2人がそろってアイホールに来るし、ホールも空いてるっていうので、チラシ写真撮影に自分も立ち会って、その後いっしょに劇場下見した。
この時点で、
努力クラブ のほうは「トラスタッパ下げ目」でいく方向性、
プロトテアトル のほうは「基礎床を下げる」方向性、はなんとなく見えていたんだったと思う。しかし、ついでなんでトラスも床も色々に上げ下げ試して見てみるはやった。
却下になったけど、ことのとき試したトラスタッパが段違いになってるヤツは個人的にはなかなか楽しそうだった。
素の空間を演出家といっしょに下見して、あれこれ話すという時間は舞台美術プランする上でとても大事で貴重。いつもいつも必ずしも出来るとは限らないし、ゆっくり時間かけれれるとも限らないが。
下見の後3人で、
純白そば月山 で飯食って帰りの電車もいっしょだから、色々と話した。何を話したかは覚えてないけど、それぞれの今回の作品とか打ち合わせ的なことはわずかで、なにか演劇の話だったと思う。
こういうの、すべての劇場でやればよいのに、と思っている。
劇場近くのよい店・おいしい店は劇場のひとが知っているはず。扇町ミュージアムスクエアの吉田さんや、
三鷹芸術文化センター の森元さんが、リストやマップを楽屋に貼ってくれてたのは有名だと思う。確か
シアターBRAVA! でも見かけた気がする。
そして、別にオープンにして悪い情報じゃないんだから共有すればいい。
しかし、公立ホールだとなかなかそうもいかないと聞く。なるほど、ならば「非公式」でつくればよいのだ。
・企画・プロデュース。3つとも、とてもやりたかったこと。
3Fが本来ギャラリーとして設計されていたということに気がついたとき、さてでは何を展示するのかといえば、アイホールでの過去の舞台美術をふり返っておく、というのは今しか出来ないだろうと思った。
アイホールが閉館するなら、その最後に舞台写真だったりチラシだったりの展示でふり返る展示が行われる可能性はあるだろう。しかし「舞台美術」」に特化したものはきっと行われないだろう。そもそも「舞台美術展」がそんなに行われていないが、必要だとも思った。
過去といっても初期の公演のスタッフクレジットまでは「
アイホール非公式アーカイブ 」でも拾えていないので、ちょうど
山口良太 さんの作品「
2002/2022 」にも合わせて、切りよく2002年〜の20年ということでリサーチして、最終的に出展いただいた方+数名の方に連絡をとった。
当日現地で展示作業出来ない方もこちらでやります、なんなら過去図面の掘り起こし(アイホールに残る打ち合わせ資料から)〜展示まですべて、という対応もした。
この展示準備〜展示作業に加え、なんせホール内の舞台美術タタキ〜仕込みが同時並行でもあるので、自分の展示はあまり考え尽くしたり手を凝らしたものに出来なかった。
まあ、皆さん一定限られたスペース(壁面900✕1800程度分)で等分しているなか、自分は1Fホワイエで存分に装置現物とかも展示してるから、その時点でズルいことにはなってるのだが。
アイホールの空間を色々な舞台美術家がどのように使ってきたか?という展示を、これまで知る限りギャラリーとして使われて来なかった3Fで行うのは、ぜひアイホールを設計した
歌一洋 (
歌一洋建築研究所 )さんに見ていただきたくてお声がけして来訪がかなった。
1Fで、ホール内で上演中の2団体の舞台美術展示をするというのは、舞台美術に興味を持ってもらい3Fの展示へのフックにするというのと、上演中作品の模型を展示するというのは割とあることだけど「模型じゃなんだかなあ」という思いが自分にあったので、両団体の装置で残してあるものが割とあったから、それで空間をつくった。
通りがかりの親子連れの子供が箱馬を積み上げては「ばあーん!」て崩して「これ、積み木やでー」と言って遊んでいた。正しい。
そもそも「
ノクターン 」の作品・舞台美術コンセプトは、まさに「それ」だった!
努力クラブのほうは今回慣れない段差の立体的な美術なんで動きのシミュレーション(と一部装置の検討)に使ってもらおうと人形も併せて大きめにつくった模型だったのだが、ちょっと遊んだだけで、実際にはあまり使われなかった。
プロトテアトルのほうは、カラーリングした箱馬の構成や移動の検討に使ってもらおうと思ってつくったのだけど、やはりあまり使われず、将棋崩しみたいなことして遊んで終わった。
子供もオトナもやることはあまり変わりがない。
山口良太 さんの作品「
2002 」は、「
2002 / 2020 」の後、自分の手元で保管している装置(インスタレーション作品)なのだが、2週間程度展示可能な場所とタイミングと「ついでの(搬入出車両が出る)チャンス」を待っていた。まさに、この時である。
「架空の舞台美術」というコンセプトのこの作品は今回の企画にもハマるし、よい入口になる。
ならば、これをやってみたらよいのでは?と思った。
「
2002 」はただそこに建てるだけでなく、
山口 さんが在廊したりもしつつ、毎回なんらかのイベントを企画している、そういうの込みの作品になっている。今回は、毎日ツイッター「スペース」を「
2002 」の中で公開放送のようにやりつつ、外にも少し音を流すというのをやってみた。
さて、実際に平日も展示をオープンし、入口に「
2002/2022 」を配してみた結果、それなりに演劇ではない市民の方にも来訪いただけた手応えはあった。
あと、この時の手応えとして感じたのは「幟(のぼり)」の効果である。
実際の効果は道行く人を見ての「肌感」でしかわからないけど、それだけでなくやっていて「楽しい」というのも大きかった。だから、
優しい劇団 の大恋愛Volume伊丹
2022/6/4〜5
努力クラブ 「
誰かが想うよりも私は 」
・舞台美術プラン。アイホールの床昇降を利用した山の上に城を建てるような建て込み。すり鉢状・階段状の台組み。基本コンセプトは演出オーダー。
平台・箱馬はむき出しに、木脚は赤く塗装。背景に少しアールのホリゾントパネル。
山口良太さんも色々なサインづくりや
break a leg を振り返るボード展示に走り回ってくれたり、なかなかの文化祭状態だった。
2022/6/6
・企画・進行。いつもなら、各グループ別れてのプラン〜実作業の際も全体進行にまわるのだけど、この時は久しぶりにグループを担当したくて後半の全体進行を
hige さんにお願いした。
アイホールはこのワークショップ続けてる中では過去一広かったので、いつもより人数募集して、グループも一つ増やして4グループにした。
ナビゲーターにはアイホールでの舞台美術プラン経験ある人たちばかりに加え、劇場の技術管理に入ってる
谷本誠 さんにも入ってもらった。
アイホールだったら、ショーイングで搬入口開けるグループ発生するかな?と思ったら、やはり一つありました。
いつもより参加者に小劇場で活躍してる役者さんとか多かったのはアイホールの効果もあったかも?
2022/6/11〜12
[
break a leg ]
・舞台美術プラン。
努力クラブ と対照的に、舞台上に台組みは一切なし。
昇降床を下げて四角く下がった空間をつくる。
上空に5000✕5000(につないだ)パネル(厚み見込みあり)を3次元的に傾斜させて吊る。この吊り点とワイヤーの長さの調整がキモなのだけど、図面上計算と最小限の調整でいけた。本当は、そのためにトラス下げての詳細な現調したかったのだけど、もろもろやり過ぎていたのでその余裕なし。
パネルは一発物で搬入とかもちろん無理なだけでなく、手持ちのパネルつなぐことと、2公演まとめて満載な積み込みのせいもあって、劇場入りしてからつないで目地を埋めるところ数カ所。吊る前に可能な範囲は、前日の半日「WSの片付け」で借りてるのと、もう半日稽古で借りてる傍らで作業。この手を使わないと無理な舞台美術だった。そのつもりでプランしたけど。
こんなに照明にとって邪魔な巨大な物体が上空にある舞台美術だというのに!
黒いので上空の最大の舞台装置は、ほぼ劇中場面での舞台写真には「写っていない」。
われながら自分の舞台美術プランは、写真に満足に記録するのが難しいことがほとんどだ。
河西沙織 さんからも「撮りやすかったことは、、、ないですね」と、お墨付きだ。
舞台面を下げるという美術・演出だったのだが「見える」ためにも、また演出イメージ的にも見下ろしが必須。割と傾斜・段差つけた客席設計をしたのだが、
break a leg が共催企画だからということで、段の奥行きを1200に広げる指示があったりもあって、なかなか複雑でヘビーな客席組みになった。幸い木脚類は
努力クラブ で使った物を一部カットしたりで流用可能という、今回ならでは作戦。
まだコロナのこともあって打ち上げはしなかったけど、一部の人々だけで少しだけ飲みに行ったんだったと思う。
・舞台美術プラン。自分の舞台美術プランではアイホールに限らず「初めて」ホリ幕を使ったプラン。つまり、この作品含めてアイホールでは4回舞台美術プランしているけど、初めてホリ幕を外さなかった!
そして、自分プランでは初めて客席プラットフォームを使った!それでもアイホールの方々が慣れている「普通の」組み方ではなかったので「面倒くさいことしますね」と言われたけど、これまで「面倒くさいこと」しかして来てないのだった。